境内案内

本堂「大聖殿」

昭和六十年落慶。間口11間、奥行10間に1間巾の浜縁を4面に廻し15坪の向拝を含め総面積165坪。

本堂内

内陣
外陣
間口6間の内陣。中央本尊、不動明王前には大壇(正月には護摩壇に荘厳替)。右脇本尊、地蔵菩薩前には密壇。左脇本尊、大聖歓喜天前には聖天壇。以上の三壇を構えている。


本尊 大聖不動明王 (土浦市指定文化財)

法量44センチ、幅30.5センチ、首胴体一木両手差し込み、彫眼で古式。

当山本尊、大聖不動明王は真言教主・大日如来の教令輪で諸魔降服忿怒の尊、あらゆる障難を百由旬の外に退ける、霊験あらたかなお不動様。室町時代の高僧の作と言われている。

明治三十年の火災で運慶作の本尊・不動明王を焼失して以来、大日如来を本尊としていたが、本堂「大聖殿」が完成した昭和六十年の初不動より再度不動明王を本尊に迎えた。



堂内の諸尊

裏堂本尊 愛染明王
脇本尊 地蔵菩薩
脇本尊 大聖歓喜天
胎内潜り本尊 弘法大師


欄間彫刻「弘法大師一代記」
平成十二年竣工。間口11間、奥行き最大45センチ、総楠造り。8枚の欄間に弘法大師の御一生の8場面を選んで彫刻したもので、富山県井波町の彫刻師、南部白雲師が当山主の資料提供の下に、構想から完成までに3年をかけ制作。

一般的に寺院の欄間彫刻は、迦陵頻伽(かりょうびんが)・飛天・竜・鳳凰等が表現されることが多く、弘法大師の一代記を彫刻した例は非常に希である。

また、欄間は通常、鴨居の幅にあわせて平面的な構成で作られるが、この欄間彫刻の特色は立体的遠近法で制作されている点にある。枠組みがないこと、前面に迫り出していること、天地、左右に張り出していること等で、彫られている人物や背景も立体的に作られており、これまでの欄間の概念を覆す画期的な制作法である。

護摩堂

古色な風格のある堂宇で、文久三年(1863)に本堂を焼失した時に、古材を使って仮本堂として建立され、昭和六十年の本堂落慶後、護摩堂となった。平成十一年から十三年にかけて茅葺から銅板葺にするなど堂宇内外が整備された。

大師堂

江戸中期に建立された大師堂の老朽化が甚だしく、平成三年に当時の茨城県議会議員横田栄一氏の一人寄進により再建された。

弘法大師、興教大師を祀っている。

鐘楼堂

天和三年(1683)遊湛代造立の梵鐘が昭和十九年応召され、昭和三十三年、五十四世秀善代に再建された。

山門(土浦市指定文化財)

薬医門型式で貞享二年(1685)土浦城主・松平信興の寄進。

薬医門の形式で、寺院の門というよりも城門の風格がある。平成七年に解体修復工事が行われた。

桁行5.6m、梁間3.6m。切妻・茅葺き・化粧屋根裏造り。

四脚門(土浦市指定文化財)

創建は応安二年(1369)の祐尊代と伝えられている。

つくば市西平塚時代のもので控柱の面取りや梁に彫られた唐草文、垂木の端の反りなどに古い 様式が残っている。軒桁は控柱が頭貫状になっている。

武家屋敷の門にふさわしい簡素な造作で、部材の古さ等から江戸初期以前の古調を保っている。平成七年に解体修復修理が行われた。

桁行3.4、梁間3.93(m)。切妻・茅葺き。

羽黒権現(鎮守)

平成三年、世界平和を祈念して羽黒権現の本地仏、聖観世音菩薩(18尺)が建立された。台座下には当山鎮守羽黒権現が安置されている。

建立後、毎年九月十八日には戦没者を供養し、世界平和祈願祭が開催されている。

大杉殿(別鎮)

茨城県稲敷郡桜川村・大杉神社の大杉大明神を分祠したもの。

その歴史的経緯は定かではないが、徳治二年(1307)の文書に既に記録がある。現在の堂宇は寛保年間の造立。

また、「霊天和尚の雨乞の話」の伝説が残っている。

寺務所棟

平成二十年竣工成った寺務所及び檀信徒休憩所 。1階部分は明治二十四年建立の客殿唐破風玄関を保存して取り付け、内部はギャラリーとなっている。

 


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